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この街は、どこでしょうか?(2)



前回の動画でロケ地がどこかわからない若い人のために、こちらの動画ヒントに出してみました。
残念ながら、こちらでも気づいてもらえませんでした。

ところで模擬講義は、何がテーマだったのかと申しますと、『なぜそこに街が生まれたのか?』です。
いくつかの街を紹介していくなかで、街の共通項を発見し、そこから街が生まれた要因を導き出してもらおうというものでした。

以下は、パワーポイント原稿です。

尾道の歴史

交通の要衝(ようしょう=重要な地点)であった尾道は1168年、年貢積み出しのために蔵屋敷が建てられ、 翌年には公認の港となった。
1189年には年貢米の積み出し港として栄えはじめた。

江戸時代には北海道~大阪を結ぶ大型船「北前船」の寄港がはじまった。 その繁栄ぶりは「北前船が寄港すると町がひっくり返るような賑わいを見せた」と言われる。


その繁栄により、尾道には多くの富を蓄える豪商が現れた。
その財を惜しみなくお寺の建立や町の整備などに投資した。そのお寺や町並みは現在でも数多く残り、尾道らしい町並みを作り上げている。
by ayrton_7 | 2013-09-30 18:30 | 随想 | Comments(0)

この街は、どこでしょうか?



そう、このブログを親しまれている方は、もうこの街が尾道であることはご存知のことと思います。

ここ数日、ブログの更新を休んでいたのはオープンキャンパス用の模擬講義の準備をしていたからです。
それで、いくつかの街を紹介するにあたって動画を用意し、クイズ形式で講義の参加者に当ててもらうために用意した最初のものです。
エキサイトブログは新しい記事を投稿するとカレンダーの色が変化するようになっています。
ブログの記事が見た目更新してないにも関わらず色が変化しているのは、非公開の形で講義用の動画を見せる順番にアップしていったからなのです。

街を紹介するのに『転校生』は、古すぎたかもしれません。
それで、若い人達のために別の動画も用意しました。
それは、この次にお話しましょう。笑
by ayrton_7 | 2013-09-30 03:29 | 随想 | Comments(0)

御手洗(みたらい)

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X-E1

このような古い洋風建築もあります。

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こちらの医院は、『ももへの手紙』で母が入院する病院に設定されています。
by ayrton_7 | 2013-09-25 16:14 | XF18-55mm | Comments(0)

御手洗(みたらい)

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X-E1

昭和12年に作られた映画館です。昭和30年代まで使われ平成14年3月、現在の姿に復元されました。
御手洗が『たまゆら』第6話、まおんの両親の働く旅館のある島として登場し、この映画館が話の上で重要な場所となっていました。
by ayrton_7 | 2013-09-25 15:51 | XF18-55mm | Comments(0)

御手洗(みたらい)

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X-E1

この辺りまで写真を眺めていて、気がついた方がいらっしゃるかもしれません。
何がですって?
そう、『ももへの手紙』の舞台となった汐島とは、実は御手洗だったのです。


by ayrton_7 | 2013-09-25 02:08 | XF18-55mm | Comments(2)

瀬戸内叙情

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X-E1

昨日アップした写真よりも、40分ほど前に撮影。


by ayrton_7 | 2013-09-21 22:30 | XF18-55mm | Comments(6)

瀬戸内叙情

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EOS 5D Mark2

尾道市向島の高見山からの眺めです。
by ayrton_7 | 2013-09-20 18:47 | EF 50mm F1.2 | Comments(0)

御手洗(みたらい)

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こちらは、若胡子屋の通りよりも一本海側の通りです。
やはりここも江戸時代の光景がよく保たれています。
電線を見えなくしている点で、より徹底していると言えるでしょう。
とは言え、現代的な部分も有りますので、その部分については写りこみにくいように切り取り方を工夫しています。

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全てX-E1にて撮影

通りから路地に入ってゆく方向を眺めています。
by ayrton_7 | 2013-09-19 21:29 | XF18-55mm | Comments(2)

御手洗(みたらい)

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すべてX-E1で撮影。

若胡子屋前の通り。どちらを向いても江戸時代の風景がそのまま残されています。
このような素晴らしい光景を見ると、江差のいにしえ街道はかなり見劣りがします。
by ayrton_7 | 2013-09-17 22:31 | XF18-55mm | Comments(2)

お坊様へ

 このブログは写真ブログなのですが、パソコンの修理が終わっていないので、今日は心の中に抑えられなくなったことを書かせていただきます。

 母の骨上げの後、初七日を行うの場所のことで、お葬式を行った祭典の会場を使おうと考えました。それはお葬式に参列された方が遠くから来られている方もおられたり、車椅子で参加されておられる方もいることを考慮してのことでした。

 ところが、通夜と葬式を司る僧侶が、自分のお寺で初七日を行いたいと主張されました。私は祭典の会場を考えたのですが、「今後のお寺とあなたと(=私)との縁がありますから。」と言われました。私の住んでいる函館と実家のある神戸は余りに遠く、お寺にまいることは簡単ではありません。しかしここは僧侶をたてて、お寺で行うことを承諾しました。

 お通夜の御声明の後、法話が始まりました。その僧侶と家とは祖母の時代から深い付き合いがあり、母の名前は覚えていなければならないはず(ちゃんと確認しておかなければならないはず)なのですが、一番大切な場で忘れられておられました。あるいは最初から覚えておられなかったのかもしれませんが。

 それだけのことなら、不快感程度で流しておこうと思いました。ところが、最近、叔父の通夜と葬式があり、同じ方が式を行われました。御声明のあとの法話なのですが、まったく纏まりのない、一般の人が話しをしているような印象でした。それは私だけでなく、参列者の多くが感じたようでした。

 本来、法話は、定型のものがあり、それを僧侶ご自身の人生経験を絡め、アレンジして聴衆に聞かせ、仏教の有難さを伝えるものだと思います。それが出来ない僧侶に存在意義があるのかと思ったのでした。通夜と葬式の数時間でウン十万も稼がれるなら、人に説教する以前にもっと仏の教えを学び、我々に教えていただきたいと思いました。
by ayrton_7 | 2013-09-13 09:05 | 随想 | Comments(8)