Ever Green

夕陽に包まれて

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Fuji FinePix S5pro
                        函館・銀座通りにて
茶房・たかはしの向かいにある建物です。
先に書きましたが、かつて東京以北では最大のカフェ街であったのだそうです。
かつての面影が、このような形で残されています。
さて、このAMINですが今は美容院となっていますが、かつてはどのような目的に使われていたでしょう?
函館在住以外の方だけお答え下さい。笑

ということで、ここはかつて銭湯だったそうです。
大正10年(1921年)に造られました。
こういうお洒落な建物(例えばラッキーピエロ銀座通り店)が、このあたりに点在しています。
また機会を作って紹介させて頂きますね。

カフェー街というものが、どのようなものであったのか調べるためにググってみました。
函館市史が詳しいようです。
http://www.city.hakodate.hokkaido.jp/soumu/hensan/hakodateshishi/tsuusetsu_03/shishi_05-02/shishi_05-02-07-01-01-01.htm
今で言えば、新宿と歌舞伎町的な要素が大いにあったように感じられます。
函館市史に紹介されている下記の文章が特に興味深く思いました。
2000人も女給さんたちが居て賑わったことの僅かな残照を眺めているのです。
それぞれに悲しみや喜びや、多くの物語があったのだと感慨深く思いました。
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『近代函館』(昭和9年1月刊)の紹介では、「銀座カフエー街、…そこには大小約百に近いカフエーバーが互に鏑を削つていとも酣なるカフェ戦を展開し、二千人に近い女給が各々その牙城によつて街頭に戦つている」と、銀座カフェー街の「繁昌」を伝えるのである。このカフェー繁昌の背景にあるものは、「機械文明高度の発達」であるとして『近代函館』は次のように説いている。機械文明の発達で「人間の業務」は、非常に「分業的」となった。それは、人間の神経に堪え難いほどに「単調」なことの繰り返しであり、そのなかで「能率増進を強要される」。一方、生活程度は高まりつつあり多額の生活費を必要とする。これらの度合は、都会ほど甚だしいものがあり、この「単調と疲労と不安」のなかで、人々は、映画に、音楽に、そしてカフェーにひかれるのである。
by ayrton_7 | 2008-03-15 19:20 | ZF Distagon 25mmF2.8